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昔からあるカタカナ用語
海外から伝わり、今も残った言葉を検証しました。
バイオエシックスとは
一九八〇年代に入ってから、わが国でも頻繁に使われるようになったバイオエシックス(生命倫理)ということばは、当初、先端医療の導入にともなう新しい倫理問題に対処する学問だとうけとられた節がある。しかし、この概念が登場したのは七〇年代初頭のアメリカであり、内容的には、現代医療がある意味で成熟状態に達したことに対応した医療思想の変換であったと解釈することができる。戦前と現在との大きな違いは、日本を含めた先進諸国が、栄養不良障害と伝染病という病苦をほぼ克服し、医療の課題の中心がん*が、癌・成人病・遺伝病へと移ってきたことである。医学でいう急性疾患から慢性疾患への移行であり、この疾病構造の変化は、医療思想の変容をうながした。急性疾患の時代、医者と患者の関係は一対一に近く、医師は症状だけをみて治療方針を決定すればよかった。しかし、慢性疾患の時代になると、治療効果がみえにくい症状を管理するという側面がみえてくる。この段階で、治療方針の決定権を患者に手渡してしまうとすると、患者は、みずからの生活信条や信仰にしたがって治療方針を決めることになる。
旧来の医の倫理ではとらえきれなくなった、この新しい型の倫理的問題を扱うのがバイオエシックスである。そのなかで確立されてきた概念のひとつが、インフォームド・コンセント(十分な情報を与えられたうえでの承諾)と患者の自己決定権を二本住とする患者の権利論である。さらにこの時代、医療の側も職能団体としてみずからの経験を集中させ共有することによって、医療行為の品質管理をおこなうようになる。これに見合った制度的発明が、中央でガイドラインを定め、これを基準にして各施設の委員会が個別審査をする現在の制度である。この制度は、その後各国に普及し、現在では遺伝子組み換え実験や実験動物の扱いなど基礎実験をも統御するものとして普及した。
バイオマスとは
本来は「生物量」の意味で、ある場所の空間と時間を特定したときに、そのなかに含まれる生物群の量を重量(あるいはエネルギー量)で表現したもの。たとえば熱帯雨林に含まれる生物量は、全地球上のそれの四O%以上となる。日本では、一九七三年(昭和四八)の石油ショック以降のエネルギー危機への対応として、新しいエネルギー源を得る手段として「バイオマス」ということばを使うようになっている。もともと石油や石炭が、生物をその源としており、太陽エネルギーを蓄積する巨大なエネルギー庫が生物量であるから、生物圏に蓄えられたエネルギーを新しい方法で利用するエネルギー変換技術が、化石燃料の枯渇に臨んで、ソーラー技術など直接太陽エネルギーを利用する方法とならんで期待されることになる。そのような技術を総称してバイオマスとよんでいるようである。したがって現在脚光をあびはじめた「海洋牧場」などのマリン・テクノロジーも、バイオマス技術のひとつとなる
ハイテクとは、
だれがどのように使いはじめたか不明である。IC、LSI、超Lsーなどの成果が組み込まれ、進歩しつつある関連技術がたがいにからみあい、高度の信号処理などソフトウエアの成果、が含まれる、デバイスそういう技術、装置、材料などに関することがらをハイテクとよんでいる。したがって、新しく考案された増幅デバイス、たとえばジョセフソン素子、新しい考え方によるコンピューター方式、超高温に耐える復合セラミック材料などはみなハイテクの話題に入る。「ハイ(高度どとは技術の水準が高い、関連技術の複合の度合いが高いことの両方の意味を含んでいる。一九八〇年代以降さかんに使われるようになった。日本では戦後トランジスターの研究と開発から民生用(コンシューマl)産業への技術がはやくしかも精力的におこなわれたことと、購買者の関心がつねに強かったことからハイテク技術の進展、がめざましく、メモリーIC、半導体結晶、プロセス技術、光技術などの分野では、現在世界のトップ・レベルにある。一方、ハイテク技術は、ミサイルをはじめ兵器にとってもきわめて重要で、現代ではこれなくしては有効な防衛力をつくり出せない。このため民生機器を通じて進歩したハイテクをもっ日本の技術力が国際的に重要になってきている。東芝ココム違反事件にみられるように、日本のハイテクが共産圏へ流出することを警戒する動きもある。