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祝、突然に関するカタカナ用語
海外から伝わり、今も残った祝、突然に関するカタカナ用語を検証しました。
ハネムーン
戦前にも日本においては新婚旅行は慣習化されていたが、旅行先は近くの温泉地が主流を占めていた。それが高速交通機関の整備にともない旅行先はしだいに遠距離化した。当初は伊豆地域は首都圏地域の人々が主流であったが、一九六〇年代には名古屋周辺、関西地域の人々も訪れるようになる。一方、しだいに伊豆地域から、南紀へ、そして南九州へとハネムーンの目的地は変わっていった。七四年(昭和四九)には全国の挙式者の三分の一は宮崎を訪れたほどである。その後、ハネムーンの目的地としては、本土復帰した沖縄へ人気は移行したが、海外旅行熱の高まりとともに、ハワイ、グアムが脚光をあび、八〇年以降は、圏内よりも海外をハネムーンの目的地として選択している。これまで首位を占めていたハワイ、か、最近オーストラリアにその座を譲っている。ハネムーンの目的地は、そのイメージから、より南、より暖かい地への志向が強い。日本では挙式は春・秋の従来からの行楽期が多かったが、冷暖房装置の発達と目的地が海外ということもあり、現在では四季を問わず式を挙げ、その時期にふさわしい圏内・海外の各地旅行へと出かけている。
ハプニング
日常語になっているが、この名称はボロックの影響を受けたアラン・ヵ。フローが、一九五九年にニューヨークのルーベン画廊でひらいた「六つの部分による一八のハプニング」に由来する。定形芸術と演劇の中間にあるもの。日本では泥のなかに飛び込んだり(白髪一雄〉、十数枚の紙を突き破って走り抜ける(村上三郎)など、五四年(昭和二九)七月結成の「具体」グループの作家たちの行為がこれにあたる。六三年五月、高松次郎、赤瀬川原平、中西夏之の結成したハイレンドセンターの「第五次ミキサー計画」「シェルタープラン「首都圏整理促進運動」もこの延長線上にみることができる。その後テレビで木島則夫の『ハプニング・ション日本テレビ)が放送されるなど、ハプニングは六七年には流行語となった。極論だが、芸という意味では、いけ花、茶道も一種のハプニングである。